第十四回 ドラムで行こう!(歪み込みとでも申しましょうか)
(2005.09.30)

電気的な音声エフェクトの進化の流を考えるに、おそらく最初に生まれたのは歪み系エフェクトでしょう。 何しろ初期のアンプなんてものは既に歪みまくりというか、意識しようとしまいと関わらず、 ディストーションの掛かった音を経由して音楽を聴いていたわけです。
その後ワーミーペダルとかワウとか呼ばれている電池も使わない簡単なフィルタ回路を使ったエフェクトが生まれました。 アナログ時代の他のエフェクトとしてはフェイザーとかも中々捨てがたい感じを出してくれますし、コンプやEQなんてのもエフェクトの部類に入るかと思われます。 そうそう、キワモノ系としてリングモジュレータなんてのもあります。

デジタル化してから最初に現れたのはディレイで、それに周期的変化を加えたフランジャやコーラスなんかも生まれました。 そして80年代に入ると部屋の残響なんかをシミュレートするデジタルリバーブなんかもどんどん出てきました。
そして20世紀も終わり頃から流行り始めたエフェクトと言えば、やはりこのコラムでも主役となっております畳み込みです。

畳み込みはフィルタやディレイを使ったエフェクトの総集編みたいなものですから、 とても器用なことができるのがウリですが、それでも畳み込みだけで全てのエフェクトの代用となるかと言えば そんなことは全くなくて、畳み込みは新たな倍音を作ることができず、既に原音に存在する成分を削ることしかできませんし、 特性の時間的な変化もありません。
畳み込み自体はそれはそれで素晴らしいエフェクトなのですが、それだけを使っていたのでは十分な面白みを発揮できません。 むしろ他のエフェクトを積極的に組み合わせた方が何十倍も畳み込みの応用範囲を広げることができるかと思います。

そこで今回は畳み込みではできない倍音を作るエフェクトの代表であります「歪み」と畳み込みとを 組み合わせた妙技について解説してみたいと思います。
説明する題材として「ドラム」を選びました。 ドラムといっても原音はマイクを本の上に乗せて指でポコポコ叩くといったドラムごっこみたいな音を使います。 歪みと畳み込みだけを使って、これをどこまで本物のドラムに近づけることができるのか?!
それが今回のテーマです。

手順1 音ネタの録音

上述のとおり、私が指で本をぽこぽこ叩いた音コレです。
音楽機材も何も買えなかった中校生時代に、だれしも一度は頭の中でハードコアなビートを夢想して本をぽこぽこ叩いたものでしょう。。ってオイラだけ??

手順2 二種類の成分を分離する

今回はキックっぽい音と、スネアっぽい音を指ポコで使い分けているので、 何とかこれらの成分を分離して、別々の処理を加えたいのです。
その具体的な方法ですが、キックっぽい音と、スネアっぽい音の周波数成分の違いに 着目してみるのがベストかと思われます。(何しろ我らの耳と脳がそうやっているのですから。。)

上の図に注目して頂くと分かるのですが、キックっぽい音とスネアっぽい音は、150Hz以下の帯域のおいてはほとんど変わりがありません。 有意な差があるハイをフィルタリングして取り出せば、スネアは分離することができるでしょう。 しかしローで同じ位の音量で重なっているキックは取り出すことは難しそうです。
しかし!!実はキックを分離するためのとっておきのテクニックがあるのです。。。
メモの準備はいいですか?。。

ローをカットしてリミッタかけてハイをカットしてノーマライズする
キックとスネアっぽい音にはハイだけに違いがあるわけなので、ここに着目して振幅のコントロールをできればよい訳です。
ローをカットしてほとんどハイだけしか残らない状態にして、 これにリミッターをかければ、スネアっぽい音のアタックだけがリミットされるはずです。(ローに重心があるキックっぽい音はアタックも小さくなってしまいますので) リミッターをかけた後に最初のフィルタとは逆特性のフィルタをかければ、概ねキックだけの波形が得られるという寸法です。
、、と一言でいうと簡単なのですが、これにも色々と注意点と知って得する情報があるので、もう少し詳しく書かせて頂きます。。

まず、フィルタには振幅が対数(ログ)スケールのFFTフィルタを使うと有利です。
なぜかと申しますと、1つにはローをカットする際、完全にカットしてしまうと逆特性のフィルタが作れない。。。 つまり後からローを回復できないわけです。実はローのカット量の目安は-70dB程度と極端な値なため、 リニアスケールだと、0.03とか微妙な値をセットせねばならず、ちょっと分かりづらいというのがあります。。
もう1つは、逆特性のフィルタを作る時に、ログスケールだと単純に周波数特性グラフの上下を逆転すれば良いからです。
フィルタを2回かけるということはそれぞれのフィルタの周波数特性を掛け算していることになります。 逆特性のフィルタとは、どの周波数においても元のフィルタと掛け合わせた結果がまた1になる、つまり振幅特性が元のフィルタの逆数になるフィルタです。
1倍から5倍までの変化と、その逆数の変化を一覧にしてみますと、次のようになります。。
周波数元の値逆数
100Hz1倍1倍
200Hz2倍0.5倍
400Hz3倍0.333倍
800Hz4倍0.25倍
800Hz5倍0.2倍
これを見るとリニアスケール(単位が倍)でリニアな(直線的な)変化は、逆数をとるとリニアにはならないことがわかります。 要するに単純に周波数特性グラフの上下を逆転するだけでは、フラットな特性を回復できないわけです。
今度は同じものをログスケールで一覧にしてみます。。。
周波数元の値逆数
100Hz0dB0dB
200Hz6dB-6dB
400Hz9.5dB-9.5dB
800Hz12dB-12dB
800Hz14dB-14dB
というようにログスケール(単位がdB)でリニアな変化は、逆数もリニア(に見える)わけなのです。
こういうわけで、一旦フィルタをかけてから何らかの処理をして、また逆特性のフィルタでフラット化するというような ことを波形編集ソフトを使ってやりたい場合、ログスケールがオススメなのです。

そして、具体的にどんな特性のフィルタがいいのかという点ですが、これはもう図に示すのが一番ですね!!

これを見てオヤ??っと思った人は多いかも知れません。最初にお見せしたキックとスネアの周波数特性の違いを 素直に考えると、「150Hzを境にして、ロー側をドカンとカットして、ハイ側はそのまま残す」 というのが妥当な気がします。 ところがどっこい、それではスネアだけのアタックを抽出するには役不足だということが分かってきました、僕的に。
何故かというと、違いがはっきりしているはずの(そこそこの)高音域においても、 高々12dB程度の違いしかないからです。
スネアだけを掴んでバッサリカットするためには、アタック部分の振幅比で、最低でも24dB程度の違いは欲しいところです。(欲を言えばもっと欲しいのですがね、。) これだけの振幅差は、(そこそこの)高音域においては得られません。。。
ところがどっこい、FFTのスケーリングをログスケールからリニアスケールに変えてみたところ。。。。

いいですか、皆さん!!。ここで僕の失敗といか見落としていた点を教訓に、とっておきの情報をあなたにあげます!!

波形全体の振幅=リニアスケールにしてFFT表示した際の面積!!(!!に数学的な意味はありません。。)
FFT表示は、通常振幅も周波数もログスケールとなっています。これは、人間の聴覚の特性としてしっくりくるから そうしているのであって、それ以外のメリットは期待されてないのです。
たとえば、フィルタリングした後の振幅はどの程度になるのか?という情報を得るには、 ログスケールだとかえって分かりづらくなってしまうのです。 (10KHzという周波数が最初のログスケールのグラフでは、どの位置にあったのかを確認してみてください!!)

後は、これにリミッタをかけるのですが、注意したいのは、リリースタイムを長めにとっておいたほうがいいということです。
フィルタリングして残っている10KHz以上の帯域というのは、本当にアタックの瞬間にしか存在しないような成分ですので、 リリースタイムが短いと余韻部分がカットできなくなってしまいます。

後は、これに逆特性のフィルタをかければめでたくキックの音だけが分離できるわけです。とても頑張ったのでお聞かせいたします。

手順3 インパルスっぽい成分を作る

大半の打楽器の音は1度っきりのピークがあり、急激に減衰する波形となっています。 指ポコも例外ではなく、この性質を利用して、畳み込みの前段階の音となるインパルスっぽい音を作ることを考えます。 インパルスっぽい音の定義ですが、1.周波数特性がフラット(従って相当に耳障り)であること、 2.継続時間が非常に短いこと(まあ10ミリ秒は超えたくない)という条件を概ね満たす波形となります。 このインパルスっぽい音が指ぽこ音のアタック毎に発せられるのが理想となります。

で具体的にはディストーションを使って、これを実現したいと思います。 僕の使っている波形編集ソフトAdobe Audition1,5では、ディストーションのカーブをグラフで描くことができてしまうのです。

横軸が入力される波形の振幅、縦軸が出力される波形の振幅となります。
−30dB以下の振幅はカットしているため、ほとんどアタック成分しか残らないブツ切れの音となります。 これで条件2を満たすことができます。
さらに-10dB〜0dBにかけてジグザグにいじくっていますが、 これはアタック部分について、より複雑な歪ませ方をさせることで、より複雑な周波数成分を生み出すようとする工夫です。
これで条件1も満たすことができる!というわけです。
大抵はこのディストーション1っ発で上手く行くのですが、キックのように、ロー成分がよく出ている音だと、 ブリブリっぽい音というのか、−30dBを超える時間幅が比較的長くて、条件2的にちょっと厳しくなることがあります。
こういう場合はローをある程度カットしてからディストーションをかけるようにするとグーです。
けっこうめちゃくちゃに歪ませても原音のニュアンスは以外とよく残ります。
これを畳み込むことによっていよいよ似非ドラムサウンドを作ることができます!!

手順4 畳み込み用の波形を作って畳み込む

次に、インパルスっぽい音をドラムの音に変換するために、ドラムの音っぽいインパルス応答データを作ることになります。
ていうかこの辺はぶっちゃけシンセドラムの音を作る作業と変わらないし、シンセドラムのサンプルをそのまま使っても そこそこやっていけるので、ここでは注意点のみを書きたいと思います。
1つは、予めハイをブーストしておくことです。手順3でインパルスっぽい音を作りましたが、 それでもやはり大抵は本物のインパルスに比べて、ハイは落ち込んでいるものです。
あとはもう繰り返し繰り返し試してみるしかありません。この辺はもうテクニックうんぬんを言っても仕方ないというか、 偶然の産物みたいな感じなので、、、

そうそう、もう1つ重要なコツがありました。
それは色々なタイプの波形や、ディストーションのカーブを組み合わせて、 何通りもの歪み+畳み込みを行って、最終的にそれらをミックスした方が自然な結果が得られるということです。
やはり1こだけだと、デジタル臭さというか、味気なさがわかってしまいます。
ま、この辺もシンセサイズの基本といえば基本ですね。。

手順5 仕上げ

幾つかのパターンの歪み+畳み込みをミックスして最終的な波形になってきましたら、 今度は仕上げにかかります。
まあ、これもいわゆるドラムの処理ってやつなので、ここでは詳しくは書きませんが、 以下のようなエフェクトを組み合わせて処理します。
・軽く歪める
・コンプ
・リバーブ
・EQ

まとめ

僕が作った波形編集作品がこれです!!
いかがでやんしょう?
今回は、ディストーションにせよフィルタにせよ、普段はまず使わないような 極端な設定ばかりやりました。
畳み込みを使って遊ぶ場合は、勇気を出してこういう極端な設定をやってみると面白いと思います。 特にディストーションは耳障り過ぎるくらいでちょうどいいです。 逆に波形をいじり倒していて、偶然にも耳障り過ぎる音ができてしまった時は畳み込んでみたらどうだろうか、 という風に考えてみるのも一興ですね。
実験を繰り返すと色々と面白い音が作れるので、皆さんもやってみてくださいな!
 
追記!!(2005/10/3)
上記のサンプルが原音と同系等の音だったので、少し違った感じのサンプルも用意してみました。
サンプル2
サンプル3

前の記事へ | 次の記事へ | 戻る